に飛んだ――
「とんだことに、永く手間どらせた哩《わい》」と博士は呟《つぶや》きながら後を再びふりむこうともせず、そろそろと研究所の方へ引きかえして行った。それは博士の退所時間三十分も過ぎていた。博士は、門をくぐり、ペイブメントをとおり、いくつかの会社のビルディングの蔭に行き、研究所の扉を押してスーウと内に入った。名札《なふだ》をかえすと、スタスタと実験室の中に入って行った。そのとき、別な廊下から、白い実験衣をきた一人の技師があらわれた。彼氏は、そこの壁にかかっていた研究所員の名札を見まわした。
「所長室はあいているようだから」と、今し方、鬼村博士が習慣的にかえして行ったために、「不在」をあらわす赤字の札になっているのを指《さ》しながら彼氏はあとから顔を出した助手に云った。「今試作した毒瓦斯は、直ぐ所長室へ送りこむんだ。そして一時間置きに、気圧計《プレッシュア・ゲージ》を読むんだぜ」
「じゃ、今送ります。時間がよろしいようですから。――弁《バルブ》をみんな開いて七百八十五ミリになりました」
「オウ・ケー」
* * *
完全で、正確この上なしの頭脳を持っている筈の鬼村博士はまこ
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