うことなんで、実は、いろいろ入組《いりく》んだ事情もございまして、所内へ入るのは嫌《いや》だと仰有《おっしゃ》いますのですが……」
「よし、行ってやろう」と博士は、何を考えたか機嫌よく立ちあがった。
真弓子は、研究所から鳥渡《ちょっと》はなれた森の中に待っていた。彼女は、松ヶ谷学士が運転して来た自動車の中に、身うごきもせずに待っていた。彼女の相貌《そうぼう》は、この一ヶ月の間に、森華明《もりかめい》の描《えが》いた小野小町《おののこまち》美人九相の図を大急ぎで移って行ったように変りはてていた。額《ひたい》は高く、眼窩《めくぼ》は大きく、眼にはもう光がなかった。蒼白《そうはく》の頬、灰色の唇、すべて生きている人間のものではなかったのである。彼女は、椋島に捨てられたものと思い懊惱《おうのう》の果《はて》、家出をしたのであったが、電気協会ビル事件のとき、思いがけなく椋島のために一命を救われ、その翌日は其の助手となって学士会館の硝子窓破壊係をつとめてその夜の犠牲《ぎせい》を少くすることに成功した松ヶ谷学士に探し出されて、椋島の誠意を伝えられたが、それは遂に好意であって得恋《とくれん》ではなか
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