けはい》はなかった。どうやら、その前に、一同は毒|瓦斯《ガス》に幾分あてられているかのように、その場にグッタリと身体をのばしていた。硝子の破片で傷ついているものもあるようであったが、別に痛そうな顔をしていないのは、中毒作用のせいであろうと思われる。唯一人の例外は、鬼村博士であった。博士だけは、直立して、柱の蔭に硝子の雨を避けていた。警官連中は入口の扉を開きはしたが近寄れないので、どうしたものかと犇《ひしめ》き合《あ》っていた。
 そのところへ、いきなり飛び上って来た怪漢がある。警官が取押《とりおさ》えようとする手をはらいのけて、勇敢にも室内へ躍り込んだが柱のかげにひそんでいる鬼村博士の姿を目懸《めが》けて飛びかかって行った。博士は悲鳴をあげて救いを求めた。怪漢は、博士の顔を床の上におしつけると、博士の大きな鼻をねじり廻して、何だか綿のような白いものを、指先で抜きとったようであった。それはどうやら特種《とくしゅ》の薬品を浸みこませた濾気器《ろきき》で、博士が唯一人毒瓦斯に耐《こら》えていたのも、そのせいであるかのように思われた。そこへ警官連中が上から折重って怪漢をひきはなし、高手小手《た
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