士の言葉のとおりに、実は既にこの学士会館に到着しているのであった。だが彼は、どうしたものか、コック部屋にいるのであった。前の日|留吉《とめきち》に借りた妙ないでたちの上に、白いエプロンをぶら下げ、白いキッチン・キャップを被《かぶ》っていた。どうやら留吉の紹介でこのコック部屋へ這入《はい》りこんだものらしい。それはどこからみても、コックでしかなかった。椋島は料理の方には眼も呉《く》れず、部屋の片隅にある妙な道具の蔭に頭をつき込んでいる。その道具のことを説明すれば彼氏の奇怪な行動がわかるのであるが、それはプリズムとレンズとからなる反射鏡で、その器体はコック部屋から、換気洞《かんきどう》を上の方に匍《は》いあがり、果然《かぜん》、日本化学会の会合のある室に届いているのである。また彼の側にある特設電話器の延びて行く先を辿《たど》ってゆくならば、例の会合のある三階の窓際にある衝立《ついたて》の蔭に達しているのを発見するであろう。そればかりではない、その衝立のうちには、洋装の給仕女が控えていて、時々ぬからぬ顔をしてはその衝立から顔を出し、会合のある部屋の扉に注目しているのを発見するであろう。いや、
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