体臭が鼻をつく。
「キミちゃん居るかい」彼は暗中《あんちゅう》に声をかけた。
「ああ、ムーさんだわね、向うから二番目に、キミちゃん、まだ寝ているわ」と女給頭のお富が彼の膝頭《ひざがしら》の辺から頓狂《とんきょう》な声をあげた。
「そうか。僕は二時頃まで、ちょいと寝たいんだ、あとからウンと奢《おご》ってやるから大目《おおめ》に見るんだぜ。それからお富|姐御《あねご》すまないけれど、その時間になったら、コックの留公に用が出来るんだから、どこにも行かずに待たせて置いとくれ。もう二時まで、なんにも口をきかないからな、話しかけても駄目だぜ」
云いたいことを云ってしまうと、彼はオーバーを脱いだり、バンドをゆるめたりして、イキナリ、おキミの寝床にもぐり込《こ》んだ。ぼそぼそと、しばらくは小声《こごえ》で話し合っているらしかったが、やがておキミは寝床から出て行って、あとには椋島一人が、何か考え悩んでいるものか、転輾反側《てんてんはんそく》している様子だった。こうして時計は、いく度か同じ空間を廻ってやがて午後二時を報ずるボーン、ボーンという眠そうな音が階下《した》からきこえて来た。それがキッカケでもあ
前へ
次へ
全37ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング