がギュッと、椋島技師の手を握りかえした。

  3

 椋島《むくじま》技師は大臣のさし廻してくれた幌《ほろ》深《ふか》い自動車の中に身を抛《な》げこむと、始めて晴々しい笑顔をつくった。右手でポケットの内側をソッとおさえたのは、いましがた大臣から手渡された莫大な紙幣束《さつたば》を気にしたためであろう。
 さてそれからはじまった椋島技師の行動こそは、奇怪《きかい》至極《しごく》のものであった。
 彼は、大臣からさしまわされた自動車を、銀座街《ぎんざがい》にむけさせた。尾張町《おわりちょう》の角を左に曲って、ややしばらく大道《だいどう》を走ると、とある横町を右に入って、それからまた狭い小路を左の方へ折れ、やがて一軒のカフェの前に車を止めさせた。そこは、悪性《あくせい》な銀座裏のカフェの中でも、とかく噂の高いエロ・サービスで知られたバア・ローレライであった。椋島技師は、午前十時のバアの扉《ドア》を無雑作に開くと、ツカツカと奥へ通り、そこに二階に向ってかけられた狭い急勾配《きゅうこうばい》の梯子段《はしごだん》の下に靴をぬぎとばすと、スルスルと昇って行った。二階は真暗であった。ムンと若い女の
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