学界の事情によく通じているとみえて、幹部の出席する会合ばかりを覘《ねら》っています。先生も、どうか会合へは今後一切御出席なさらぬ様にねがいます」
「君は、犯人の心当りでもあるのかね」
「無いわけでもありませんが、申しあげません」
「僕には言えないというのかね」
「言うのを控えた方がよいでしょう。それにまだ明瞭《めいりょう》な証拠を握ったわけでもありませんから……」
「君は椋島《むくじま》技師のことを指して言っているのじゃないだろうな」博士は、はじめて立ち止ると、帽子や外套を脱ぎながら言葉をつぎ足した。
「……」松ヶ谷学士は、椋島技師の白皙《はくせき》長身《ちょうしん》で、いつも美しいセンターから分けた頭髪を目の前に浮べた。
「椋島君なら、僕が保証をするよ。あれはすこし妙な男ではあるが、そんな勇敢な仕事の出来るほどの人物じゃない。うちの娘の真弓《まゆみ》のお守をしている位が精一杯じゃて」
松ヶ谷学士[#「学士」は底本では「博士」、173−上段−23]は、複雑な感情をジッと堪《こら》えていた。
2
ちょうど其の時間に、椋島技師は陸軍大臣の官邸で、剣山《つるぎやま》陸軍大臣と向い合って、低声《ていせい》で密談中であった。椋島技師は、緊張にこまかくふるえながら、普段から真白い顔色を、一層|蒼白《あおじろ》くさせて、大臣の一|言《ごん》一|句《く》に聞き入っていた。
「事態は、想像以上に容易ならんのです」と大臣は、寝不足らしい血走った眼を大きく見開いて云った。「彼等国際殺人団の一味徒党というのは、どの位、我国の政治界、経済界、科学界に潜行しているのか、さっぱりわからないのですが、その組織たるや、実に巧妙な方法で、一人の団員は、自分に指令を持って来る一人の人間と、自分が指命を伝達すべき二人の人間と、この三人しか知らないというのです。兎《と》に角《かく》、最近四回に亘《わた》る科学者虐殺事件は、あきらかに、この国際殺人団が活躍をはじめたものと考えてすこしも疑う余地がありません。これから先に、この災害が、どの位|拡《ひろま》ってゆくのか考えただけでも恐ろしいことです。彼等は、巧妙なる組織と、豊富なる情報と、莫大《ばくだい》なる資金と、しかもあくまで優秀なる頭脳と知識とを擁《よう》して立っているのですから、これは容易なことではうち破れません。宣戦布告のない戦争です。敵の戦線は、現に帝都の中に歴然と横たわっているのです。
しかも敵影《てきえい》は巧《たく》みにカムフラージュされて、我々はその覘《ねら》いどころが見付からないのです。で先刻《せんこく》申しあげたように、あなたの御尽力《ごじんりょく》を乞いたいわけです。国家のために、敢《あ》えてあなたの御生命の提供を御願いしたい」
「だが、閣下のおっしゃることは、余りに空想すぎるのじゃありませんですか」と椋島技師は幾分苦笑を禁じ得ないという面持《おももち》で云った。「いくら日本人が堕落《だらく》をしていたって、要路《ようろ》の高官とか、其《そ》の道の権威とか言われる連中が、そうむざむざ敵国の云うことをきくわけはないじゃありませんか」
「そういうことを今あなたと議論しようとは思いません。それは、わが陸軍の探知し得た信用の出来る情報です。だが、考えても御覧なさい。×国は三十年も前から仮想敵国《かそうてきこく》として我国を睨《にら》んでいるのです。あらゆる術策《じゅつさく》が我国に施《ほどこ》されてある中に、最も陰険《いんけん》きわまるのはこの国際殺人団の本体であるところのJPC秘密結社です。×国は三十年前から各方面に亘って有望なる学才を有し、しかも貧乏だとか、孤児《こじ》だとか云う恵まれていない人物を探し出して、これに莫大な資金を送り、その人物が立身出世をするように極力宣伝し、遂に今日我国の要路要路の実権を彼等の手に握るようにまで後援したのです。×国の参謀本部の命令一下、彼等×探は、いやが応でもその命令を決行しなければならないのです。若《も》しそれに肯《がえ》んじなかったら、その男を国事犯で絞首台に送りでも、又、殺人隊をやって絶対秘密裡に暗殺してしまいでも、どうでも自由になるのです。彼等が始めて苦しいジレンマを意識したときには、その行く道は自殺があるばかりです。某博士の自殺、某公使の自殺、某中佐の自殺、それ等、原因のはっきりしない自殺は、皆ここに源があるのです。これだけ申せば、国際殺人団の活躍が如何に必然的なものであり、決死的なものであるか御判りになったでしょう」
「いや、よく判りました。それ以上は、おたずねいたしますまい。またこの御依頼にNO《ノー》と答えたくても、即座に私の命のなくなることを思えば、YES《イエス》と申して置くのがなによりであることも判っています。だが、私に大役《たいやく
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