ましたかい?」
「昨夜、丸の内会館で、薬物学会の幹部連中が、やられちまいました。松瀬博士以下土浦、園田、木下、小玉《こだま》博士、それに若い学士達が四五人、みな今暁《こんぎょう》息をひきとったそうです」
「うん、松瀬君もやられたか」と博士はちょっと押黙《おしだま》って何事かを考えているようであったが、相変らず室内散歩の歩調をゆるめはしなかった。「気の毒なことじゃのう」博士の声は水のように淡々《たんたん》として落付いていた。
「先生、昨夜の連中は毒|瓦斯《ガス》にやられたそうです。症状からみると一酸化炭素の中毒らしいですが、どうも可哀想《かわいそう》なことをしました」と松ヶ谷学士[#「学士」は底本では「博士」、172−下段−2]は下を俯《む》いた。
「薬学者連中が毒瓦斯にやられるなんて、ちょっと妙な話じゃね」博士は、毒舌《どくぜつ》を弄《ろう》するというのでもなく、これだけのことをスラスラと言ってのけた。
「ですが先生、これで四度目でございますよ。半年とたたない間に、第一に電気学会の幹事会に爆弾を抛《ほう》りこまれて幹部一同が惨死《ざんし》をする。次はS大学の工科教授室の連中が、悪性《あくせい》腸《ちょう》チブスでみな死ぬし、第三番目には先月、鉄道省の技術官連が大島旅行をしたときに、汽船爆沈で大半《たいはん》溺死《できし》しましたし、これで四度目です。私はいよいよこれは唯事《ただごと》ではないと思うのですが……」
「唯事ではない――とは」博士が例の調子で呻《うめ》くように言った。
「偶然の出来ごとでは無いというのかね」
「確かに、これは何か陰謀が行われているのに違いないと思うのです。一つ先生のお名前で学界に警告をなさってはどうですか。でないと、この調子で行けば、遠からず、我国の科学者は全滅するかも知れません」
「全滅、ウフ、それも悪くはないだろうが、一応警告を出すことにしようか。それにしてもこれが陰謀だとすると、どんな方面からのものだと考えているかね、君は」
「私は、こう思っています」と松ヶ谷学士は瞳を輝かして言った。「どうやら、これは変態的な性格を持った化学者の悪戯《いたずら》だろうと思うのですが。それは鉄道省の場合の外《ほか》は、爆弾、バクテリア、それから毒瓦斯という風に、いずれも化学者に縁《えん》のあるものばかりが、殺人手段に使われていることです。それから犯人は
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