物から変じて人間になっているという仲間も少くはないだろうことを予想していた。
 果然彼は猿から進化した恒久の人間にあらずして、一時人間に化けた鼠だかも知れないのである。そういえば、彼は別にハッキリした理由がないのにも拘《かかわ》らず、よく匍って歩く習慣があった。それからまた、いつぞや鏡の中に自分の顔を眺めたとき、両の眼玉がいかにもキョトキョトしている具合や、口吻《こうふん》がなんとなく尖って見え、唇の切れ目の上には鼠のような粗《あら》い髯《ひげ》が生えているところが鼠くさいと感じたことがあった。今やその秘密が解けたのである。――」

 というところで、梅野十伍は後を書きつづけるのが莫迦莫迦《ばかばか》しくなって、ペンを置いた。彼は好んでミステリーがかった探偵小説を書いて喝采を博し、後から「ミステリー探偵小説論」などを書いて得意になったものであったが、これではどうも物になりそうもない。彼は火の消えてしまった煙草にまたマッチの火を点けて一口吸った。
 そのとき彼がちょっと関心を持ったことがあった。それはいま書いた原稿の中に、
「――いつぞや鏡の中に自分の顔を眺めたとき、両の眼玉がいかにもキ
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