》一本|小楊子《こようじ》一本でも許されないのだ。――遂にこの計画は実行ができないのであろうか。
ところが人間の知恵なんて恐ろしいもので、僕はとうとう二尺ばかりの棒切れを手に入れることができたのだった。といって監守を買収したのではない。だれの厄介にもならずに僕一人で二尺の棒切れを作りあげたのだった。
そういうと、僕がまるで手品でも使ったように聞えるが、――そうだ、これはやはり手品のうちかも知れない。とにかく僕は考えるところがあって、母親のところへ使を立て、腹をこわしているので朝と昼とはうどんを差入れてくれるように頼んでもらった。すると返事があって、監守が伝えた。
「オイ北川、悦んでいいぞ、これから朝昼二食はうどんを取ってやる。但しいつも一杯だけだぞ」
それから僕は二食をうどんにし、夕方だけ飯を食べた。本当は、別に腹をこわしているわけでもなく外《ほか》に思わくがあったのだった。うどんを食べるには、必ず杉の割箸がついてくるが、僕は食べ終ると、これをポキンと二つに折って丼の中へ投げ込み、下げてもらった。が、実はそこに種があるのだった。箸は二つに折れて、丼の中に入っているようであったが、本当は僕はそれを三つに折り、両端の二つを丼の中に入れ、そして真中の部分をひそかに貯えはじめたのだった。だから二つに折れているものを継いでみると、箸の寸法が足りないことがすぐ分る筈だった。しかし監守は箸が二つに折れていることに安心して、寸法の足りないところまでに気がつかなかった。
辛抱に辛抱を重ねて、短い杉箸を集めていった僕は、もうよかろうというところに達した。こんどは方針をかえて、夕飯のときの御飯をすこしずつポケットに忍びこませた。そして監守が膳を下げ、身体を点検して帰ってしまうと、その飯をとりだして、練りあわせて練飯を作った。そしてよく練れた練飯でもって、杉箸の片を四方一束に貼りあわせ、且つ一本ずつ少しばかり端を不揃いにして置いて、だんだん先へ長く継いでいった。結局一と月かかったけれどこんな風にしてとうとう二尺あまりの丈夫な棒切れを作ることが出来た。幸いに隠し方がうまかったので、監守に見つからずに済んだ。これさえあればもうしめたものである。これを手にもって、例の四角な穴から外へだし、腕金の錘りをつきあげれば扉は開く筈だった。
あとは機会を待つだけのことだったが、いよいよ今夜は、待ちに待ったその夜だった。今夜からこの黄風島の夏祭りが始まるのだった。北国にも夏はあった。それは極めて短い夏であったが、それだけに一年中で夏は尊いのだった。島は現地の人といわず、日本人といわず、昼も夜ものべつ幕なしに、飲み歌い踊って暮すのだった。僕たちの監守にとっても、それはやはり尊い夏祭りの夜だったのである。
午後九時に、僕たちの部屋を二人の監守が見まわるのが常例になっていた。そのときは人員の点呼をし、健康状態がよいかどうかをたしかめた上、就寝させられることになっていた。
果してその夜も、常例の点呼が始まった。
「第四号室。――皆居るかア。――」
一人の監守は、室内に入ると扉の陰に立って入口を守り、もう一人の監守は、室の向うの隅こっちの隅でそれぞれ勝手なことをやっている患者の傍へいちいち行って、まるで郵便函の中の手紙を押すように身体を点検した。いつも裸になっている患者には、慣例によって西洋寝衣のようなものを被せた。――最初に監守は僕の傍へ近よったが、プーンとひどく酒くさかった。入口の監守はと見ると、扉につかまったまま、靴尖でコツコツと佐渡おけさを叩き鳴らしていた。
「皆、おとなしく、早く寝ちまうのだぞオ。――」
そういい置いて、二人の監守は室を出ていった。――靴音はだんだん遠のいて、次の室を明けるらしいガチャンガチャンという音が聞えてきた。僕はなおも五分間を待った。監守が鉤型《かぎがた》に折れた向うの病棟へ廻るのを待つためだった。
いよいよ、時は熟した。
僕は煎餅蒲団《せんべいぶとん》の間から滑りだすと、大胆に行動を開始した。扉の上の欄間に隠してあった杉箸細工の棒切れをとりだすと、かねての手筈どおり、扉の下に腹匍い、棒切れをもった腕を空気穴から出して棒の先で壁を軽く叩きながら、腕金を探った。そんなことをしながらも、もしや廊下を誰かが通りかかって、この大胆な振舞を見られていやしないかと、外が見えぬ僕は、たいへん心配だった。
――棒の先にコツンと錘りが触った。それをコンコンと叩きながら、程よい真中あたりに見当をつけ、そこへ棒切れを押しつけた。僕の心臓はにわかに激しく高鳴った。さあ、巧くゆくか失敗するか、次の瞬間に決るのだ。
「うーン」
棒の先に、だんだんと力を籠《こ》めていった。ギイギイギイと腕金の錘りが浮きだした。僕はここぞと思ってあらん限りの力を出し
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