鬼青鬼が引導を渡して、貴人がこれから極楽往生を遂げるというところ。人形のそばへよってごらんなさい。よく見ていると、息が聞えるようだ。はははは」
案内役らしい背のひょろ高い男が、一行を振りかえって大笑《たいしょう》した。
三千子は、この第二号室の人形の意味が分って、なるほどと肯《うなず》いた。
恐《おそろ》しき椿事《ちんじ》
三千子は、それとなく、この一行の後について、各室を巡《めぐ》っていった。案内役の中国人は、一室毎に高まる怪奇な鬼仏の群像にてきぱきと説明をつけるのであった。
三千子は、その説明を聞きたさのあまり、ついて歩いているのであったが、鬼仏の群像には、二通りあって、一つは鬼が神妙らしい顔つきをして僧侶になっているもの、それからもう一つは、顔は阿弥陀《あみだ》さまを始め、気高い仏でありながら、剣や弓矢などの武器を手にして、ふりまわしている殺伐《さつばつ》なものと、だいたいこの二つに分けられるのであった。
「仏も、遂には人間の悪を許しかねて、こうして剣をふるわれるのじゃ。はははは」
かの案内人は、説明のあとで、からからと笑う。
あたり憚《はば》からぬその太々しい説明をだんだんと聞いていると、この案内人は、この洞に飾ってある鬼仏像の一つが、台の上から下りて来て説明役を勤めているのじゃないかと、妙な錯覚を起しそうで、三千子は困った。
そのうちに、例の時刻が近づいた。南京豆売りの小僧が教えてくれた午後四時半が近づいたのである。三千子は、この一行に分れて、一刻も早く、例の第三十九号室へいってみなければ間に合わないかもしれないと思った。そこで彼女は、一行の前をすりぬけ、かねて勉強しておいた洞内の案内図を脳裏《のうり》に思い浮べ、最短通路を通って、第三十九号室へとびこんだのであった。
第三十九号室! そこは、どんな鬼仏像が飾りつけてある部屋だったろうか。
そこは、案外平凡な部屋に見えた。
室は、まるで鰻《うなぎ》の寝床《ねどこ》のように、いやに細長かった。庭には、桃《もも》の木が植えられ、桃の実が、枝もたわわになっている。本堂から続いているらしい美しい朱《しゅ》と緑との欄干《らんかん》をもった廻廊《かいろう》が、左手から中央へ向かってずーっと伸びて来ている。中央には階段があって、終っている。その階段の下に、顔が水牛《すいぎゅう》になっている身体の大きな僧形《そうぎょう》の像が、片足をあげ、長い青竜刀《せいりゅうとう》を今横に払ったばかりだという恰好をして、正面を切っているのであった。人形はそれ一つであった。この人形の前を通りぬけると、すぐその向うに次の部屋へいく入口が見えていた。
(この室で、やがて誰か死ぬって、本当かしら)
と、三千子は、桃の木の傍《そば》で、首をかしげた。一向そんな血醒《ちなまぐさ》い光景でもなく、青竜刀を横に払って大見得《おおみえ》を切っている水牛僧の部が、むしろ間がぬけて滑稽《こっけい》に見えるくらいであった。いくぶん不安な気を起させるものといえば、この部屋の照明が、相当明るいには相違ないが、淡《あわ》い赤色《せきしょく》灯で照明されていることであった。
そのときであった。隣室に人声が聞え、つづいて足音が近づいて来た。
(いよいよ誰か来る)
時計を見ると、もう二三分で、例の午後四時三十分になる。すると、今入ってくる連中の中に死ぬ人が交《まじ》っているのであろう。三千子は、その人々に見られたくないと思ったので、人形と反対の側の入口の蔭に、身体をぴったりつけた。
すると、間もなく見物人は入ってきた。見れば、それは先程の五六人連れの中国人たちであったではないか。
(やっぱり、そうだった)
三千子は、心の中に肯《うなず》いた。部屋部屋を、順序正しく廻ってくれば、この一行は、まだもっと遅れ、二三十分も後になって、この部屋へ巡《めぐ》ってくる筈だった。ところが、例の不吉《ふきつ》な定刻《ていこく》にわざわざ合わせるようにして、この第三十九号室へ入ってきたというところから考えると、いよいよこの中の誰かが、死の国へ送りこまれるらしい。これは自然な人死《ひとじに》ではなく、たしかにこれは企《たく》まれたる殺人事件が始まるのにちがいないと、風間三千子は思ったのであった。
一行が、この部屋に入り、人形の方に気をとられている間に、三千子は、入口をするりと抜け、その一つ手前の隣室、つまり第三十八号室へ姿を隠したのだった。そして入口の蔭から、第三十九号室の有様を、瞬《まばた》きもせず、注視《ちゅうし》していた。
「これは、水牛仏が、桃盗人《ももぬすびと》を叩き斬ったところですよ。はははは」
案内役は、とってつけたように笑う。
「水牛仏はこの人形だろうが、桃盗人が見えないじゃないか」
と、
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