巣箱《すばこ》の出入口のような穴へ差し入れた。
すると、入場券は、ひとりでに、奥へ吸い込まれたが、とたんに何者かが奥から、
「これを胸へ下げてください」
と云ったかと思うと、丸型の赤い番号札が例の穴から、ひょこんと出て来た。
(呀《あ》っ!)
そのとき、三千子の眼は、素早く或るものに注《そそ》がれた。それは、奥から番号札を押し出した変に黄色い手であった。それはまるで、蝋細工《ろうざいく》の手か、そうでなければ、死人《しびと》の手のようであった。
三千子は、とたんに商売気《しょうばいぎ》を出して、その手をたしかめるために、腰をかがめて、穴の中を覗《のぞ》きこんだ。
「呀《あ》っ!」
ぴーんと音がして、番号札が、発止《はっし》と三千子の顔に当るのと、がたんと穴の内側から戸が下りるのと同時であった。三千子は、地上に落ちた番号札を、急いで拾い上げたが、胸が大きく動悸《どうき》をうっていた。彼女は、戸の下りる前に、穴の内側を覗いてしまったのである。
(手首だった。切り放された黄色い手首が、この番号札を前へ押しだしたのだ。――そして“これを胸へ下げてください”と、その手首がものをいった!)
女流探偵風間三千子の背筋に、氷のように冷いものが伝わった。
なるほど、噂にたがわぬ怪奇に充ちた鬼仏洞である。ふしぎな改札者に迎えられただけで、はやこの鬼仏洞が容易ならぬ場所であることが分ったような気がした。
だが、風間三千子は、もう訳もなく怖《お》じてはいなかった。彼女は、女ながらももう覚悟をきめていた。一旦ここまで来た以上、鬼仏洞の秘密を看破《かんぱ》するまでは、どんなことがあっても引揚げまいと思った。
入口の重い鉄扉《てつど》は、人一人が通れるくらいの狭い通路を開けていた。三千子は、胸に番号札を下げると、その間を駆け足ですりぬけた。
ぎーい!
とたんに、彼女のうしろに、金属の軌《きし》る音がした。入口の重い鉄扉は、誰も押した者がないのに、早もう、ぴったりと閉っていた。
ふしぎ、ふしぎ。第二のふしぎ。
彼女は、しばらく、その薄暗い室の真中に、じっと佇《たたず》んでいた。さてこれから、どっちへいっていいのか、さっぱり見当がつかないのであった。その室には電灯一つ点《つ》いていなかった。が、まさか、囚人《しゅうじん》になったわけではあるまい。
一陣の風が、どこからとなく、さっと吹きこんだ。
それと同時に、俄《にわか》に騒々《そうぞう》しい躁音《そうおん》が、耳を打った。躁音は、だんだん大きくなった。それは、まるで滝壺の真下へ出たような気がしたくらいだった。
彼女は、おどろいて、音のする方を、振り返った。するといつの間にか、後に、出入口らしいものが開いていた。その口を通して、奥には、ぼんやりと明りが見えた。
(あ、なるほど、やっぱり第一号室へ通されるのだ!)
三千子は、脳裡《のうり》に、絹地《きぬじ》に画かれたこの鬼仏洞の部屋割の地図を思いうかべた。彼女は、今は躊躇《ちゅうちょ》するところなく、第一号室へとびこんだのであった。
その部屋の飾りつけは、夜明けだか夕暮だか分らないけれど、峨々《がが》たる巌《いわお》を背にして、頭の丸い地蔵菩薩《じぞうぼさつ》らしい像が五六体、同じように合掌《がっしょう》をして、立ち並んでいた。
轟々《ごうごう》たる躁音は、どうやら、この巌の下が深い淵《ふち》であって、そこへ荒浪《あらなみ》が、どーんどーんと打ちよせている音を模したものらしいことが呑みこめた。
第一号室は、たったそれだけであった。
何のことだと、つづいて第二号室に足を踏み入れた三千子は、思いがけなく眩《まぶ》しい光の下に放りだされて、目がくらくらとした。
瞳をよく定めて、その部屋を見廻すと、なるほど、これは鬼仏洞へ来たんだなという気が始めてした。横へ長い三十畳ばかりのこの部屋には、中央に貴人《きじん》の寝台《しんだい》があり、蒼《あお》い顔をした貴人が今や息を引取ろうとしていると、その周囲にきらびやかな僧衣に身を固めた青鬼赤鬼およそ十四五匹が、臨終《りんじゅう》の貴人に対して合掌《がっしょう》しているという群像だった。像はすべて、等身大の彫刻で、目もさめるような絵具がふんだんに使ってあって、まるで生きているように見えた。
赤鬼青鬼の合掌は、一体何を意味するのであろうか。三千子は、気をのまれた恰好で、唖然《あぜん》としてその前に立っていた。
するとそのとき、どやどやと足音がして、一団の人が入ってきた。見ると、それは、逞《たくま》しい身体つきの、中年の中国人が六七名、いずれも袖の長い服に身を包んでいた。彼等は、三千子よりも遅れて、この鬼仏洞を参観に入ってきたものらしい。
「さあ、いよいよこれが鬼導堂《きどうどう》です。赤
前へ
次へ
全9ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング