長さんはじめ総がかりでいま見廻り中なんです。気味がわるいじゃありませんか」
老人は首をぶるぶる慄《ふる》わせていった。
「怪しい人物、ははあ本当かな。臆病者には、蚯蚓《みみず》が蛇《へび》に見える」
「六条さん、そんなことをいっているのを幹部に聞かれると、うるそうがすぜ」
「なにがうるさいものか。この事変下に怪しい奴の一人や二人うろついているのは当り前だよ。なにも班長までが騒ぎまわらなくともいいじゃないか。そんなことは気球に乗らない連中に頼んでおいて、自分たちは予定どおりのるのがいい。敵軍は、こっちにそんな騒ぎがあろうとなかろうと、お構いなしに空襲を仕かけてくるだろうからね」
「そりゃそうですが、さっきもこの気球のあたりを探していましたが、その憲兵さんの話を聞くと、先月横浜沖に碇舶《ていはく》していた貨物船から無断上陸をして逃げたソ連共産党の幹部スパイで、キンチャコフとかいう大物も交っているらしく、なかなかたいへんな捕物なんですよ」
「キンチャコフだって、どっかで聞いたような名前だ。だが、キンチャコフはどこまでもキンチャコフで、監視哨はどこまでも監視哨なんだ。さあ、係員にそういって予
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