な雲が一ぱいひろがっていて、上からは案外|見透《みとお》しがきかないんだぜ」
 キンチャコフは、得意らしく喋りたてた。「火の玉」少尉は、キンチャコフが、ソ連仕立のかなり優秀なスパイであることを見破った。そうなると、これからさらに一層、油断はならないわけだ。
 やがて午前三時をすこし廻って、月が出た。それから一時間半ほどたつと、東の天が白くなった。
 前夜以来、しきりに呼びつづけていた××陣地からの無電が、急に小さな音響になってしまった。そして間もなく、なんにも聞えなくなった。
 それっきり救援の飛行機も、こっちへ追駈けてこなくなった。
 ただ涯しなく拡がった雲海《うんかい》のうえを、気球は風のまにまに漂流しつづけるのであった。その外《ほか》に、生物の影は、なに一つとしてうつらぬ。このひろびろとした雲海は、天国へ到る道であるのかもしれない。二つの屍《しかばね》を埋《うず》めるのは、どの雲のあたりであろうかなどと、「火の玉」少尉もあまりの荒涼《こうりょう》たる天上の風景に、しばし感傷の中におちこんだのであった。


   鋭い牙


「ねえ、六条。気球が上昇をストップしたようだぞ」
 寒そ
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