ゅうちょう》なロシア語で一|喝《かつ》した。
「なに、どうしてこっちの名を……」
 怪ソ連人は、相手の日本人がいきなりロシア語を喋《しゃべ》りだしたうえに、自分の名前まで呼んだのであるから、びっくりしたのも無理ではない。尤《もっと》も「火の玉」少尉としては、ロシア語なら得意中の得意だし、キンチャコフの名は、××陣地を出る前に庶務の老人から聞いたのを、このとき思い出しただけのことだ。
「おいキンチャコフ。貴様が××陣地で皆に追駈けられて、仕方なくここへとびこんだことは知っていたぞ」
「それがどうした。なにが仕方なくだ。わしはこの気球で脱《のが》れるつもりだから、繋留索《けいりゅうさく》をナイフで切ってしまったんだ」
「そんなことは云わなくとも分っているぞ。貴様は、この気球でうまく脱れられるつもりなのか」
「脱れなきゃならないんだ」
「脱れるといっても、この気球は風のまにまに流れるだけなんだ。どこへ下りるか、それとも天へ上ったきりで下りられないか、分ったものじゃない」
「出鱈目《でたらめ》をいうな、日本人《ヤポンスキー》。気球はいつかは地上に下りるもんだ。天空《てんくう》に上ったきりなんて
前へ 次へ
全39ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング