地上ではなにを騒いでいるのだろう」
 彼の外に、誰も乗らないといっていたが、やはりまだ乗る者があったのではなかろうか。それで「要注意」などと騒いでいるのではなかろうか。
 だが、それにしては、なぜ「出発待て」の信号を発しなかったのであろうか。「要注意」の信号は、どうも腑《ふ》におちない。
 いや、腑におちないのは、こうして××陣地ありったけの照空灯が、こっちの気球のあとを追駈けてくることだ。こっちの出発が、陣地の方に都合がわるければ、綱を引張ってこの気球を引きおろせばいいではないか。なぜそうやらないのであろうか。
 さすがの「火の玉」少尉も、すこし不安な気持になって、照空灯の眩《まぶ》しい光芒《こうぼう》を手でさえぎりながら、地上の騒ぎをじっと見下していた。
 そのうちに、彼ははじめてたいへんなことに気がついた。それは彼の乗っている気球の綱のことであった。綱が一本、ぷつんと短く切れて、照空灯の光の中にぶらぶらしていたのである。
「おや、あの綱は切れているぞ」
 思わず彼は、声をあげて愕《おどろ》いたが、それから更に他の綱に眼をうつしたとき、もっと大きな愕きが彼を待っていたのである。

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