たんに彼の手はゴンドラの縁《ふち》からはずれ、彼は芋《いも》のようにゴンドラの底をごろごろと転った。
 彼が起き直ったとき、気球は風の中を、もうぐんぐん上昇していた。
 地上からは、懐中電灯がいくつも、こっちに向って動いている。ところがその灯《あかり》は、どれもこれもしきりに十字を描いているのだった。
 十字火信号! ああそれは「要注意《ようちゅうい》」の信号であったではないか。
「なにが『要注意』なんだ!」
 と、「火の玉」少尉は、小さくなりゆく地上の灯をみつめていた。


   「要注意」の信号


「火の玉」少尉が、空中の異変に気がついたのは、それからしばらくして、風の中に××陣地のサイレンの響を聞き、それに続いて××陣地にありったけの照空灯が、彼の乗った気球の方に向けられたときだった。
 それまでのところは、彼は地上員が多忙《たぼう》の中を駈けつけて、彼のために繋留《けいりゅう》気球第一号の綱をゆるめてくれたものとばかり考えていた。
 ところが、それから後《のち》のサイレンやら照空灯のものものしい騒ぎがはじまるに及んで、彼はやっと或る疑惑を持ったのである。
「おかしいなあ。一体
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