柱のかげから、松井田が現われた。今度は意外にも立ち消えはせず、彼の方へ向って、ノソノソ歩いて来るので、彼は懸命の勇気をふるって、
「松井田君! おい、松井田君じゃないか?」
 と声をかけたのだが、その怪人物は、一言も発しないで、相良十吉の側をすれちがうと、海辺の方へヨロヨロと歩み去るのであった。
 次の日は、夜に入《い》って、彼が月島の自宅から、銭湯《せんとう》に行ってのかえりに、小橋《こばし》の袂《たもと》から、いきなり飛び出して来た。
 相良十吉は思った。松井田は気が変になっているに違いないと。それにしては余りに穏《おだや》かな行動だった――彼の目の前にずかずか現われて、気味をわるがらせる外は……。
 又その次の日からは相良十吉の家の周りに現われるようになった。いよいよ気味が悪くなったので、妻にこんな人物を見かけなかったかと聞いたが、妻は知らぬと答えた。お手伝いさんや娘の真弓子《まゆみこ》も知らぬと言った。松井田を見るのは相良自身だけらしい。
 昨夜《ゆうべ》は寝室のカーテンの蔭からのぞき込んでいた。いやらしい頬の傷跡をわざと見せつけたように思われた。
 相良十吉は、この頃になって
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