》が生《お》い繁《しげ》っていた。
 沼地に沿って半道も来たときだった。突如、右側の沼地の中から全身にしずくをたらした真黒な人間が蛙《かえる》のように匍《は》い出して来たものである。相良は顔色をかえて後にとびすさったのを、知ってか知らでか、この気味のわるい人間は細道の中央につき立ち上りフラフラとよろめいたと思うと、今まで下げていた顔をパッと相良の方へ向け直したのであった。ああ其の顔は!
 狭い額、厚い唇、そして四角に折れた顎骨。それに耳の下から頤《あご》へかけて斜に、二寸位の創痕《きずあと》をありありと見た。おお、松風号に同乗した機関士|松井田四郎太《まついだしろうた》! もう二十年前に、どこかで死んでしまった筈の松井田機関士。相良十吉は眼を蔽《おお》うて大地に崩れ坐った。
 彼が再び顔をあげたときには、松井田の姿はどこへ行ったのかもう見えなかった。あれは幽霊だったのかとも思ったが、そこら一面にぐっしょり水にぬれていて、沼地から匍い上って来たのを証拠立てていた。彼は蒲の穂がガサガサすれ合うのを聞くと急に恐しくなって夢中で駈け出した。
 其の日はこれですんだが、翌日は、やはりこの細道の電
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