ているのを見せて、失心《しっしん》させたことも話した。その結果、相良氏が、兼ねて研究中の宇宙艇にとびのって火星へ発足した決死的冒険をも話してきかせた。二人は蒼白《そうはく》の顔を私の方へもたげたまま一語も発しはしなかった。
「オヤッ」
と私は低く叫んだ。左へコースを曲げたと思った宇宙艇は、今では思いがけなく、右へすすんでいるではないか。月は既に宇宙艇をやや右に通り越しているところだった。左へ曲るも右へ曲るも畢竟《ひっきょう》、月の引力を受けていたのだ。故意か偶然か、宇宙艇は遂《つい》に火星へ飛ぶべき進路を妨《さまた》げられてしまった。
宇宙艇の船腹には太陽の光がとどいているので鳶色の船体がくっきり浮び出ていた。其の時、望遠鏡の円い視界の中《うち》に、左端からしずしずと動き出でたものがあった。銀色に光る小さいTの字。おお、それは紛《まぎ》れもない松風号だった。
――松風号は宇宙艇のすぐうしろにつづいてこれを静かに追っているかのように見えた。追うも追われるも、これ倶《とも》に屍体《したい》にあやつられる浮船《ふせん》である。私が企てた復仇《ふっきゅう》を待つまでもなく今|天涯《てんが
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