こっそり麓村《ふもとむら》に現われた。それから間もなく、一周機の失跡《しっせき》も知った。彼は名のって出るべきでありながら一向それをしようとはしなかった。松井田は極く若い青年時代にある事情から殺人罪を犯している身の上だった。いま名乗って出れば、松風号の失跡について、なにからなにまでうさんくさく調べられることがわかっていた。かれは自分の身の上までの露見《ろけん》を恐れたのだ。それからというものは、彼はずっと島根県にブラブラしていた。それがこの頃、東京へ出て来たのには訳がある。彼は一つの疑問を持っていた……」
 ここまで私が喋《しゃべ》りつづけると、いきなり相良が金切声《かなきりごえ》をあげて叫んだことである。
「あとは判った。イヤなにもかも判ったです。その辺に松井田が現われたら、彼に言って下さい。お前は大馬鹿者だ、トナ」
 猶も相良は口の中でブツブツ呟《つぶや》いていた。
 自動車が三人を乗せて新宿まで来たときに、私一人は降り、根賀地に相良を自宅まで送りとどけるように命じたのであった。新宿街のペイブメントには、流石《さすが》に遊歩者《ゆうほしゃ》の姿も見当らず、夜はいたくも更《ふ》けてい
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