らないな。ともあれ約束の時間が来る。運転手! お前はこいつを連れて事務所へかえれ。わしと根賀地とは公園を出たところでタキシを呼ぶから……。お客様は丁重《ていちょう》に扱うんだぞ」
 そう言いつけて車を返すと、私達二人は大急ぎで公園を駈けぬけて行った。
「先生、彼奴は昨日お話の松井田じゃありませんか」
「松井田にしちゃ年が若い。まだ二十五六の小僧だったぞ」
「エエ、そうですかい」
 根賀地は走り乍ら苦《にが》わらいをしているらしかった。
「じゃ松井田の手先ですかい」
「何とも言えないね」
 私達は運よくタキシーを捕《つかま》えることが出来た。
「アッ。血が……。先生」
 自動車の中で根賀地は私の左腕から迸《ほとばし》る血潮に驚きの目を瞠《みは》った。
 新宿へ出る迄に傷の手当を終り、衣服も一寸見ては血痕《けっこん》を発見しえないように整《ととの》えることができた。十字路で約束通り相良十吉を拾い上げるようにして車内へ入れると、運転手に命じて灯火《あかり》を滅《け》させ急速力を出させた。行手《ゆくて》は烏山《からすやま》の中央天文台、暗闇の中に夜光時計は七時二十分前を示す。今宵《こよい》は十
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