ちっとも内容がつかめないのですがな。先生は僕を半年前から中央天文台に祭り上げてしまいました。先生の教えて下すった天文機械学の要点は割合にうまくのみこめて、台長や主任からも別に怪まれずに居ます。相良氏が舞台へ現われて来て、いよいよ事件は白熱化《はくねつか》したと思いました。私は一生懸命で天文台の職分を守り、又先生の御命令に弁《べん》じています。随分《ずいぶん》妙なくどき方ですが、これも今度の事件が私にちっとも呑み込めないことなんです。先生、一体相良氏は悪人ですか、それとも同情すべき善人なのでしょうか。それから、私はまだ松井田に出会わないのです。しかし先生は松井田の告白書をお持ちのようです。先生は松井田の居所をつきとめていらっしゃるのですか」
 私は微笑を以て、静かに言った。
「案外簡単な事件なんだよ、根賀地君。何を置いてもあの若先生に伺ってみるのが一番面白かろうよ、じゃ連れて来給え」
 其のとき、矢口が訪客のあるのを告げた。「相良真弓子」
 根賀地が室を出てゆくと、入れちがいに真弓子が入って来た。
 帽子からスカート迄、白ずくめの服装をしていた。ただコートの折りかえしだけが眼が痛くなるような紫の天鵞絨《ビロード》だった。上気した頬と、不安らしくひそめた眉と、決心しているらしい下唇とが私の眼に映じたのであった。
「栗戸さんでいらっしゃいますか」
 私に軽く首を下げた。
「それでは、川股《かわまた》を御存知の筈です。なにも仰有《おっしゃ》らずに返して下さい」
 私は咄嗟に彼女の言葉を了解した、それで私は聞いた。
「川股と貴女との御関係は?」
「父の助手で、私のためには未来の夫なのでございます」
 ううむと私は心の中で唸ったのである。相良の家庭は調べたが、助手までは考えていなかった。昨夜《ゆうべ》の襲撃の意味も漸《ようや》くわかりかけたように思った。私はずかずかと室の一隅《いちぐう》にすすみよると、扉《ドア》の把手《ハンドル》をまわした。
 猛然と、昨夜の若者は室内に躍り出でた。真弓子の姿を見ると、いきなり走りよって、私から遠くへ身をもってかばった。
「お嬢さん、こやつ怪しからぬ偽紳士《にせしんし》ですよ。探偵なんて、どうだかあやしいものだ。一昨日《おととい》の晩は、私のお預りしていた金庫に手を懸けたやつです。そればかりじゃない。先生を脅迫しているのも、こやつの差金《さしがね》に違いありません。私は何もかも知っているのです。こやつを生かして置いては……」
 川股と呼ぶ若者は真弓子の方にすりよって、なにものかを求めるようであった。真弓子は渡したものかどうか躊躇《ちゅうちょ》の色が流れている。
 このとき二人が背にしていた入口の扉《ドア》が音もなく開いてピストルが顔を出した。
「二人とも手を上げろ、命がないぞ」
 根賀地の声だった。川股と真弓子は観念して両手を高くさしあげた。見れば根賀地は真紅《まっか》な顔をしていた。彼の眼と唇とは私に読唇術で呼びかけていた。
 それに答えると、根賀地の唇は無音ながら高速度に開いたり閉ったり左右へ動いた。
「ヤヤッ!」
 私は根賀地の語るところの重大事件に、思わず驚きの声を発してしまった。
「お二人さん。お気の毒ながら、その室で少し休憩《きゅうけい》していて下さい。いずれのち程、お迎えに誰かを寄越《よこ》します。一秒を争うので、少し荒っぽい方法で失礼ですが……」
 根賀地はすかさず、二人を川股の入っていた室に閉じこめた。
 一大事! 私達二人は屋上に出て、格納庫《かくのうこ》の扉《ドア》をひらくと飛行機を引っぱり出した。われ等の搭乗機は直《ただ》ちに急角度で上昇を始めた。既に天空には夥《おびただ》しき飛行機が入り乱れて飛んでいた。どれもこれも言い合わせたように、東へ向って舵《かじ》をとっていた。太陽は中天に赫々《かくかく》と輝いていた。
「天文台へ!」
 わが搭乗機だけが機首を[#「機首を」は底本では「機種を」]西南に向けて飛翔《ひしょう》する。プロペラはものすさまじい悲鳴をあげていた。すれちがう毎に他の飛行機からは、赤旗をうちふってわれ等の快速力を咎《とが》めるのであった。
「先生、東に何が見えましたか?」
「いや見えない。宇宙艇が越中島を飛び出したのは何時何分だった?」
「張り込んでいた中井の電話では十一時三十三分だそうです」
「もう十八分経っている。――相良が宇宙艇にのりこんだのは本当だろうね」
「宇宙艇係の特別職工が言明したのだから間違いじゃないでしょう。相良一人が乗りこんで試験をしていたのが、どうした拍子にか空へ飛び出したというのです。職工は言っています。相良さんが乗りこんでいる内、機械が故障になって飛び出したのだと」
「そりゃどちらでもよい。会社はさわいでいるか」
「そりゃ大変なものだそうです
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