。いままで秘密も秘密、大秘密にしてあった宇宙艇の建造のことですからね。重役は青くなって今も協議中ですが、会社の建造方針や、相良技師長苦心の設計事情について、直ちにステートメント発表の文案を起草中だそうです」
「そうか。実は昨夜《ゆうべ》も会社へしのび込んだのだが、あの中までは到頭《とうとう》入れなかったのだ。宇宙艇とまでは気がつかなかった」
「相良氏はどこへ行くつもりなのでしょう。会社では火星航路を開くためだったと言っていますが」
「そいつは今少したってみないと一寸わからない。――根賀地。今日は決っしてピストルを手離しちゃならぬぞ」
二人は、未だ何事も起らぬように静かな天文台へ、こっそり忍びいることが出来た。同時に事務所の矢口を呼びだして、部下の総動員を命じた。もう十五分もすれば、この天文台は私の部下によって完全に占領されるであろう。
根賀地は早速、世界唯一の天文望遠鏡に、蜥蜴《とかげ》の如くへばりついて調整に努力した。
間もなく、国道と空とから私の部下は天文台さして集って来た。其の中には真弓子と川股助手とを護送《ごそう》して来た矢口も交《まじ》っていた。天文台は苦もなく占領され、台員一同はお気の毒ながら、一時地下室に入って貰った。外部から天文台への通信に対しては矢口にうまくごまかすことを命じた。真弓子と川股とは隣室に入って貰う。
「入りました、先生」
二十分|許《ばか》りして根賀地が叫んだことである。
私は躍る心を抑えて望遠鏡の対眼レンズに眼を押《お》しつけた。眼前に浮び出づる直径五十センチばかりの白円の中にうつりいだされたるは鳶色《とびいろ》の円筒《えんとう》であった。よくよく見ればそれは後へかすかな瓦斯体《ガスたい》を吹き出している。急速度で進行している証拠は、少しずつピントが外れて来るので判る、おお宇宙艇。
「八千キロメートル」
根賀地が叫んだ。
把手《クランプ》をまわして見ると、宇宙艇の尾部《びぶ》に明かにそれと読みとれる日の丸の旗印と、相良の会社の銀色マーク。私は歎息《たんそく》した。
根賀地と計算をはじめる。相良の乗った宇宙艇の進路は、大体火星に向けられていることが、仰角《ぎょうかく》と方位と速度から判った。だが、それには猶少しの疑問がないでもなかった。相良は、いつ只今の状態を自由に変えるか、こちらの方からは到底《とうてい》知れなかったし、六時頃その行手にあらわれる十五夜の月の影響が、一体どうであろうかを考えたのである。
夕方になった。私達は、宇宙艇の行方をじっと見つめていた。天文台の内外は、少しずつ騒がしくなって来た。警官隊や、附近の青年団などがやって来て、私の部下と懸命に争っているのであろう。この調子では、根賀地か私かが、彼等に当らねば、もちきれないかも知れないと思った。
「先生、宇宙艇の進路がかわって来ます」
私は大急ぎで望遠鏡をのぞいた。なる程、少し左へ傾きかけた。
「月の軌道より外へ出ているのか」
「そうです。正に一万キロメートル外方《がいほう》です」
外の騒ぎは少しずつはげしくなった。月はだいぶん高く上って来た。私は真弓子と川股とを隣室から連れて来させた。二人は心配そうな表情を浮べていたが、大変|温和《おとな》しくなっていた。
私は彼等に呼びかけた。
「お聞きなさい」
と私は何やら感激に胸をふるわせた。
「お聞きなさい。これからお聞かせしたり御見せしたりするものは、貴方がたにかなり勇気を要求いたします。先ず第一に、真弓さん、貴女の本当のお父さまは、無着陸世界一周飛行を敢行した操縦士風間真人氏なのです。詳しいことは言っていられないが、ここに風間氏の手記があり、これからお家へおかえりになってお母様にお聞きになっても、それにちがいなかったのだと、仰有るでしょう。
今までお父様だと思っていた相良十吉氏は貴女たちにはよい人でしたが、ある恐しい半面の所有者でした。このことの一部は、川股さんも御存知の筈です。恐しい半面。そうです。貴女のお父様である風間氏は、相良氏に殺されたのです。いや、それは全く本当なのです」
其時、隣室にガラガラと壁体の崩《くず》れる音がした。若き二人は目を見はって相《あい》抱《いだ》いた。
「どうしたのです、あの物音は?」
私はもうこれまでだと思った。
「根賀地君。私の命令は守ってくれるのだ。君の顔をかえるために、私はいいものを貸してやるぞ」
私は自分の白髪頭《しらがあたま》を両手でつかむと、すっぽり帽子のように脱いだ。次に耳の下からつらなる頬髯《ほおひげ》と口髭《くちひげ》とをとった。
「おお、あなたは!」三人の男女は声をふるわせて叫んだ。
「栗戸利休、実は松井田四郎太じゃ。根賀地君。これをつけて直ぐ防禦《ぼうぎょ》に立て。あと三十分だッ!」
根賀地は眼
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