空中墳墓
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)醒《さ》めた

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)栗戸|利休《としやす》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)機首を[#「機首を」は底本では「機種を」]西南に
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 ぽっかり、眼が醒《さ》めた。
 ガチャリ、ガチャリ、ゴーウウウ。
 四十階急行のエレベーターが昇って来たのだった。
「誰か来たナ」
 まだ半ば夢心地の中に、そう感じた。職業意識のあさましさよ、か。
 この四五日というものは夜半から暁にかけてまでも活躍をつづけたので身体は綿のごとく疲れていた。それだのに、思ったほどの熟睡もとれず、神経は尖《とが》る一方であった。
 今も急行エレベーターで昇って来た人間が、果して自分のところへ来るのだか、または他へ行くのだかわかりもしないのに、寝台の上で息を殺して待っている自分がおかしかった。
 途端に身体に感ずる感電刺戟《かんでんしげき》、執事《しつじ》の矢口《やぐち》が呼んでいるのだった。さてはいよいよお待ち兼ねのお客様であるか。寝床をヒラリと飛び下ると、直ぐ左手の衣裳室《いしょうしつ》へ突進した。――二分間。
 私はモーニングに身をかため、悠然《ゆうぜん》と出て来た。左手を腰の上に、背を丸く曲げると、右手で入口の扉《ドア》の鍵をカタリとねじって、
「オーライ、矢口」
 と嗄《しゃが》れた声をはりあげた。
 扉《ドア》がスイと開いて矢口が今朝の新聞と、盆の上に一葉の名刺を載せて入ってきた。私はとる手も遅《おそ》しとその名刺をつまみあげた。
「ウム――相良十吉《さがらじゅうきち》。おひとりだろうナ」
「イエス、サー」
「では、こちらへ御案内申しあげるんだ」
 矢口の案内で、入口に相良十吉の姿が現われた。見るからに、ひどい瘠《や》せ型の、額の広いのが特に眼につく紳士である。その額には切り込んだような深い皺《しわ》が、幾本も幾本も並行に走っていて、頭髪は私と同じように真白であった。それでいて眼光《がんこう》や声音《こわね》から想像すると、まだ五十になったかならないか位らしい。
「栗戸《くりと》探偵でいらっしゃいましょうか」
「栗戸|利休《としやす》はわしです。さあどうかそれへ」
「先生で……」
 あとは口の中で消して、ゴクリと唾をのんだ。泣きださんばかりの激情が辛《かろ》うじて堰《せ》きとめられていることが、彼の痙攣《けいれん》する唇から読みとれた。
「昨日も御来訪下すったそうですが、生憎《あいにく》で失礼をいたしました。……では御用件というのを承《うけたまわ》りましょうか」
 私は、頬髭を軽くつまみあげながら、早速《さっそく》、話を切りだしたのであった。
「私は、先生が、御依頼した事件につき、非常に迅速《じんそく》に、しかも結論を簡単|明瞭《めいりょう》に、探しだして下さるという評判を承って、大いに喜んで参ったような次第なのですが……」
「それで――お識《し》りになりたい点というのは」
「ハイ。その、それは、今から二十年前のことになりますが――先生もよっく御記憶かと存じますが――東京を出発して無着陸世界一周飛行の途にのぼったまま行方不明となった松風号《まつかぜごう》の最後を識りたいのです」
「なに、松風号の最後?」と私は相良十吉の前に驚きの眼を瞠《みは》ってみせた。「あれは東京からコースを西にとり、確かインドシナあたりまでは飛んでいるのを見かけた者があるが、それっきり消息を断《た》ってしまった、というのでしたね。各新聞社の蹶起《けっき》を先頭として続々大仕掛けの捜査隊が派遣せられ、凡《およ》そ一年半近くも蒙古《もうこ》、新疆《しんきょう》、西蔵《チベット》、印度《インド》を始め、北極の方まで探し廻ったが、皆目《かいもく》消息がしれなかった、というのでしたね。海中に墜落しているのじゃないかと紫外線写真器でありとあらゆる洋上で撮影をやってみたのだが、矢張《やは》り駄目だったというのでしたね」
「おお、先生はよく覚えていて下さいました。実は、私もあの事件に関係がある人間なので捜査に奔走《ほんそう》しましたが……」
「そうでしたね。相良さんは、松風号の設計家の一人だったのですな」
「やあ、これまで御存知でしたか。それで私はどんなにか手を尽《つく》して探したことでしょう。私自身も探検隊を組織して印度の国境からゴビの沙漠《さばく》へかけて探しにゆきました。結果は何等得るところなしでした。全く行方がわからない。これ程さがして知れないものなら、松風号は空中爆発でもして一団の火焔《かえん》となって飛散したのじゃないか、と随分無理なことまで思いめぐらして見たものでした」
「なるほど」
「ところが最近、恐しい発見にぶつかりました
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