地下街の空気は、絶えず送風機で清浄《せいじょう》に保たれ、地上が毒瓦斯で包まれたときには、数層の消毒扉《しょうどくひ》が自動的に閉って、地下街の人命を保護するようになっていた。
 さらに驚くべきは、この地下街にいながらにして、東京附近の重要なる三十ヶ所に於ける展望が出来、その附近の音響を聞き分ける仕掛けがあった。例えば、芝浦《しばうら》の埋立地《うめたてち》に、鉄筋コンクリートで出来た背の高い煙突《えんとつ》があったが、そこからは、一度も煙が出たことがないのを、附近の人は知っていた。その煙突こそは、東京警備司令部の眼であり、耳であったのだった。すなわち、その煙突の頂上には、鉄筋コンクリートの中に隠れて、仙台放送局の円本《まるもと》博士が発明したM式マイクロフォンが麒麟《きりん》のような聴覚をもち、逓信省《ていしんしょう》の青年技師|利根川保《とねがわたもつ》君が設計したテレヴィジョン回転鏡が閻魔大王《えんまだいおう》のような視力を持っていたのだった。
 この地下街には、別に、東と西とへ続く、やや狭い坑道《こうどう》があったが、その西へ続くものは、重々しい鉄扉《てっぴ》がときどき開かれたが、その東へ通ずる坑道は何故《なにゆえ》か、厳然《げんぜん》と閉鎖されたまま、その扉に近づくことは、司令部付のものと雖《いえど》も禁ぜられていた。それは一つの大きい謎であった。司令部内で知っていたのは、司令官の別府《べっぷ》大将と、その信頼すべき副官の湯河原《ゆがわら》中佐とだけであった。
 この物々しい地下街の中心である警備司令室では、真中に青い羅紗《らしゃ》のかかった大きい卓子《テーブル》が置かれ、広げられた亜細亜《アジア》大地図を囲んで、司令官を始め幕僚《ばくりょう》の、緊張しきった顔が集っていた。
「すると、第一回の比律賓《フィリッピン》攻略は、結果失敗に終ったということになりますな」参謀肩章《さんぼうけんしょう》の金モール美しい将校が、声を呑んで唸った。
「うん、そうじゃ」司令官の別府大将は、頤髯《あごひげ》をキュッと扱《しご》いて、目を閉じた。「第一師団は、マニラの北方二百キロのリンガイエン湾に敵前上陸し、三日目にはマニラを去る六十キロのバコロ附近まで進出したのじゃったが、そこで勝手の悪い雨中戦《うちゅうせん》をやり、おまけに山一つ向うのオロンガボオ軍港からの四十|糎《センチ》の列車砲の集中砲火を喰《く》って、その半数以上が一夜のうちにやられたということじゃ。何しろ強風雨のうちだから、空軍は手も足も出ず、さぞ無念じゃったろう」
「閣下。オロンガボオ要塞《ようさい》は、まだ占領出来ませんか」別の将校が訊《き》いた。
「呉淞砲台《ウースンほうだい》のように、簡単にはゆかんようじゃ。海軍でも、早く陥落《かんらく》させて、太平洋に出なけりゃならんのじゃ、何しろ、連日のように最悪の気象に阻止《そし》せられて、頼みに思う空軍は全く役に立たず、そうかと云って、無理に進むと、それ、あの金剛《こんごう》や妙高《みょうこう》のように、機雷をグワーンと喰わなきゃならんで、今のところ低気圧の散るのを待たねば、艦隊は損傷が多くなるばかりじゃ。それがまた、あまり永くは待てんでのう。どうも困ったものじゃ」
「中部シナ方面の戦況は、大分発展を始めたらしいですな」前の参謀が、短い口髭《くちひげ》に手を持っていった。
「だが、どうも感心できん」別府将軍は、トンと卓子《テーブル》を叩いた。「こうなると、戦線が伸びるばかりで、結局要領を得にくくなる。杭州《こうしゅう》や寧波《ニンポー》などに、米軍がいつまでも、のさばっていたんでは、今後の戦争が非常に、やり憎《にく》い」
「米国の亜細亜艦隊は、通称『犠牲艦隊』じゃというわけじゃったが、中々やりますなア」
「犠牲艦隊じゃったのは四五年前までのことじゃ。日本が東シナ海を、琉球《りゅうきゅう》列島と台湾海峡で封鎖すれば、どんなに強くなるかということは、米国がよく知っている。この辺は、日本の新生命線じゃ。そいつを亜細亜艦隊でもって、何とか再三破ってやらなければ、米国海軍[#「米国海軍」は、底本では「日本海軍」]は安心して、主力を太平洋に向けることができない。艦齢は新しいやつばかりで、ことに航空母艦が二隻もあるなんて、中々犠牲艦隊どころじゃない」
「昨日詳細なる報告が海軍からありましたが」と、又別な参謀が口を切った。「米国の太平洋沿岸で暴れた帝国潜水艦隊の損得比較は、どういうことになりましょうか」
「これはやや出来がよかった」別府将軍は、始めて莞爾《にっこり》と、頬笑《ほほえ》んだ。「伊号一〇二は巧く引揚げたらしいが、行方不明の一〇一と、戦艦アイダホの胴中に衝突して自爆した一〇三とを喪《うしな》ったのに対し、米国聯合艦隊側では、アイダホとアリゾナを亡《な》くし、約六万|噸《トン》を失った上、航空母艦サラトガに多大の損傷を受けたというから、まず帝国海軍の筋書程度までは成功したと云ってよいじゃろう。これで米国聯合艦隊も、相当|胆《きも》を潰《つぶ》したと思う。金剛と妙高とを、南シナ海で喪った帝国海軍も、これで戦前と同率海軍力《どうりつかいぐんりょく》を保てたというわけじゃ」
「伊号一〇一は、爆雷にやられて、海底にもぐりこんだそうですが、特務機関の報告によると、海面に湧出《ゆうしゅつ》した重油の量が、ちと少なすぎるという話ですな」
「ほほう、そうかの」将軍は初耳らしく、その参謀の方に顔を向けた。「だが重油が流れ出すようでは、所詮《しょせん》助かるまい」
「いや、それが鳥渡《ちょっと》面白い解釈もあるんです。というのは……」
 そこへ遽《あわ》ただしく、伝令兵が大股で近よると、司令官の前に挙手《きょしゅ》の礼をした。
「お話中でありますが」と伝令兵は大きな声で怒鳴《どな》った。「唯今第四師団より報告がありました」
 司令官の側に、先刻《さっき》から一言も吐かないで沈黙の行《ぎょう》を続けていた有馬参謀長が佩剣《はいけん》をガチャリと音させると、「よオし、読みあげい」と命じたのだった。
「はッ」伝令兵は、左手に握っていた白い紙をツと目の前に上げると、声を張りあげて、電文を読んでいった。「昭和十×年五月十五日午後五時三十分。第四師団司令部発第四〇二号。和歌山県|潮岬《しおのみさき》南方百キロの海上に駐在せる防空監視哨《ぼうくうかんししょう》の報告によれば、米軍《べいぐん》に属する重爆飛行艇三台、給油機六台、攻撃機十五台、偵察機十二台、戦闘機十二台合計四十八機よりなる大空軍《だいくうぐん》は、該《がい》監視哨の位置より更に南南西約五キロメートルの空中を、戦闘機は二千五百メートルの高度、他はいずれも二千メートルの高度をとり、各隊毎に雁行形《がんこうけい》の編隊を以て、東北東に向け飛行中なり。終り」
「うむ、御苦労」参謀長は、伝令の手から、電文を受取って、云った。
 伝令兵は、再び挙手の礼をすると、同じ室《しつ》の、一方の壁に並んだ、夥《おびただ》しい通信パネルの傍へ帰っていった。そのパネルの前には、通信兵員が七八名も並び、戴頭受話機《たいとうじゅわき》をかけて、赤いパイロット・ランプの点《つ》くジャックを覘《ねら》ってはプラグを圧しこみ、符号のようなわけのわからない言葉を送話器の中に投げこんでいた。
 その壁体《へきたい》と丁度反対の壁には、配電盤やら監視机や、遠距離|制御器《せいぎょき》などが並んで、一番右によった一角には、真黒な紙を貼りつけた覗《のぞ》き眼鏡のような丸い窓が上下左右に、三十ほども並んで居たが、これはテレヴィジョン廻転鏡だった。
「第三師団から報告がありました」別の伝令が、司令官の前に飛んで来た。
「浜松飛行聯隊の戦闘機三十機は、隊形を整《ととの》えて、直ちに南下せり。一戦の後、太平洋上の敵機を撃滅《げきめつ》せんとす」
「よし、御苦労」
 報告は俄然、輻輳《ふくそう》して来たのだった。司令官と幕僚とは、年若い参謀が指し示す刻々の敵機の位置に、視線を集中した。
 海上に配列してあった防空監視哨は、手にとるように、刻々と敵国空軍の行動を報告してきた。それが紀州《きしゅう》沖から、志摩《しま》半島沖、更に東に進んで遠州灘《えんしゅうなだ》沖と、だんだん帝都に接近してきた。
 それに反して、第四師団のある大阪方面では、空襲から脱れたので、解除警報を出したことなどを報告して来た。
 果然《かぜん》、マニラ飛行第四聯隊の目標は、帝都の空にあったのだった。
 東京警備司令部内は、眼に見えて、緊張の度を高めていった。
 浜松の飛行聯隊が、折柄《おりから》のどんより曇った銀鼠色《ぎんねずみいろ》の太平洋上に飛び出していった頃から、第三師団司令部からの報告は、直接に高声器の中に入れられ、別府大将の前に据えつけられた。将軍は、胡麻塩《ごましお》の硬い髯を撫で撫で、目を瞑《と》じて、諸報告に聞き惚《ほ》れているかのようであった。
 この場の将軍の様子を、遠くから窺《うかが》っていたのは、高級副官の湯河原中佐だった。彼は何事かについて、しきりに焦慮《しょうりょ》している様《よう》でもあった。だが其の様子に気付いていたものは、唯の一人も無いと云ってよい。なぜならば、中佐を除いたこの室の全員は、刻々にせまる太平洋上の空中戦の結果はどうなるか、という問題に、注意力の全体を吸収せられていたからだった。
 軈《やが》て、中佐は何事かを決心したものらしく、ソッと立つと、入口の扉《ドア》を静かに押して、外に出た。
 アスファルトの廊下には、人影がなかった。
 中佐は、壁に背をつけた儘《まま》スルスルと、蟹《かに》の横匍《よこば》いのように壁際《かべぎわ》を滑《すべ》っていった。そして軈て中佐がピタリと止ったのは、「司令官室」と黒い札の上に白エナメルで書かれた室だった。
 奇怪な湯河原中佐は、扉《ドア》の鍵穴に、なにものかを挿し入れてガチャガチャやっていたが、やっと扉が開いた。
 ものの五分と時間は懸らなかった。司令官室で何をやったのであるかは判らぬけれど、再び中佐が姿をあらわしたときには、非常な決心をしているらしく、顔面神経《がんめんしんけい》がピクピク動いているのが、廊下灯《ろうかとう》によって写し出されたほどであった。このとき、中佐の両手は、ポケットのうちにあった。
 彼は再び、元来た路を、とってかえすと、司令部広間の扉《ドア》の前を素早く通り、それから後はドンドン駈け出して行った。
 中佐の身長が、その先の階段に跳ねあがった。十段ばかり上ると、そこに巌丈《がんじょう》な鉄扉《てっぴ》があって、その上に赤ペンキで、重大らしい符牒《ふちょう》が無雑作《むぞうさ》に書かれてあった。中佐はそれには眼も呉れず、扉のあちらこちらを、押えたり、グルグル指を廻したりしているうちに、サッとその重い鉄扉を開くと、ちょっと後を振返り、誰も見てないのを確《たしか》めた上で、ヒラリと扉《ドア》の中に姿を消してしまったのだった。
「……」
 誰もいないと思った階段の下から、ヌッと坊主頭《ぼうずあたま》が出た。しばらくすると、全身を現した。襟章《えりしょう》は蝦茶《えびちゃ》の、通信員である一等兵の服装だった。彼は中佐の姿の消えた扉の前に、躍り出ると、手袋をはいたまま、力を籠めて把手《とって》をひっぱってみたが、扉はゴトリとも動かなかった。
 そこで彼はニヤニヤと笑うと、扉の前を淡白《たんぱく》に離れ、廊下の上をコトコトと駈け出していった。そして何処かに、姿は見えなくなった。
 丁度《ちょうど》そのころ、大東京ははしか[#「はしか」に傍点]にでも罹《かか》ったように、あちらでも、こちらでも、騒然としていた。号外の鈴は、喧《やかま》しく、街の辻々に鳴りひびいていた。夜になった許《ばか》りの帝都の路面が、莫迦《ばか》に暗いのは、警戒管制で、不用な灯火《あかり》が消され、そしてその時間が続いているせいだった。
 警戒員の外には、往来を歩いている者も、無いようであった。誰もが、それぞ
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