したのだった。
「あっし[#「あっし」に傍点]は、恥《はず》かしい!」
 死人の顔から、防毒マスクを奪いとろうとした浅間しい行為を恥じるものの如く、印袢纏《しるしばんてん》氏は、マスクの中で、幾度も、幾度も、苦吟《くぎん》を繰返した。
 大通りの軒《のき》を境に、火焔と毒瓦斯とが、上下に入り乱れて、噛み合っていた。


   咄《とつ》! 売国奴


 愛宕山《あたごやま》の上では、暗黒の中に、高射砲が鳴りつづいていた。照空灯が、水色の暈光《うんこう》をサッと上空に抛《な》げると、そこには、必ず敵機の機翼《きよく》が光っていた。円《まる》の中に星が一つ――それが、米国空軍のマークだった。
「グわーン、グわーン」
 高射砲の砲口から、杏色《あんずいろ》の火焔が、はッはッと息を吐いた。敵機は、クルリと、横転《おうてん》をすると、たちまち闇の中に、姿を消して行った。異様なプロペラの唸《うな》り声《ごえ》が、明らかに、耳に入った。
 照空灯は、サッと、光を収めた。
「ラッ、タッ、タッ」
 頭上に、物凄いエンジンの響が、襲いかかった。
「ラッ、タッ、タッ」こっちでも、高射機関銃が打ちだした。
 
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