きい物音がした。
 イキナリ、箱の蓋が、ガタリと開いて、真黒の顔をした男がヌッと、上半身を出した。咄嗟《とっさ》に、髯男は気がついて、死んだ青年が、背負っていたマスクの一つを、その男の頭に、スッポリ、被せてやった。それはまさしく時機に適したことだった。周りにはホスゲンの嫌《いや》な臭《にお》いが、いまだプンプンとしていた。
 その男は、防毒マスクに気がついたのでもあろうか、側《かたわ》らを指さした。髯男が見ると、そこには、若い女が、彼女の子供でもあろうか、赤ン坊を、しっかり胸に抱いていた。髯男は駭《おどろ》いて、機を外《はず》さず、残りの二つのマスクをめいめいに被せてやった。その一つは、偶然にも、当歳の赤ン坊用のマスクだった。
「なんという不思議な暗合だろう。親子三人に、親子三人用のマスク!」
 髯男は、六《むず》ヶ|敷《し》い数学解法を発見でもしたかのように、驚嘆《きょうたん》した。
 だが、この親子三人が、花川戸《はなかわど》の鼻緒問屋《はなおどんや》下田長造の長男、黄一郎《きいちろう》親子であり、マスクを背負っていた死青年は、同じく長造の三男にあたる弦三であり、弦三は死線を越えて
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