いよう》のもので顔の下半分を隠した例の印袢纏《しるしばんてん》の男とが兎のように跳《は》ねながら、こっちへ、やってきた。
赤ン坊の泣き声がするという塵箱の傍まで来たときに、印袢纏の男は、急にガクリと、地上に膝をついた。
「く、く、苦しい。先生、ク、ク、薬を、もっと、もっと、入れて下さいィ――」
印袢纏の男は、始めの元気を何処かへ振り落していた。彼は自分の猿轡《さるぐつわ》を掻きむしるように外《はず》すと、髯男の方へ、片手を伸ばした。どうやら、髯男が、持ち合わせの漂白粉《ひょうはくふん》と活性炭素《かっせいたんそ》を利用して、応急のマスクを作ってやったのが、もう利かなくなったらしい。
髯男は、マスクの硝子越しに、連れの顔を覗《のぞ》きこんだ。
「呀《あ》ッ、マスク! マスク!」
印袢纏の男は、何を見たのか、猛然と上半身を起こして、すぐ目の前に転《ころが》っている一個の死体にとびついた。彼は、死体の顔に嵌《はま》っている防毒マスクを、力まかせに、もぎとろうとした。
髯男は、あまりの浅間しさに、唯《ただ》もう、あきれ顔に立っていた。
マスクは、死体から、ポクリと外れた。マスクの下
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