誰かが、隊の中から、叫んだ。
「甲州街道だッ。もっと早く歩けッ!」
「中野の電信隊を通りぬけるまでは、安心ならないぞォ!」
嗄《しゃが》れた、空虚な叫喚《きょうかん》が、暗闇の中に、ぶつかり合った。
群衆の半数を占める女達は、疲労と恐怖とで、なんにも口が利けないのだった。唯、母親の背で、赤ン坊が、ヒイヒイと絶え入りそうな悲鳴を、あげていた。
この大群衆は、東京を逃げだしてゆく市民たちだった。爆弾と、毒瓦斯と、火災とに追われて、生命を助かりたいばっかりに、めいめいの家を後に、逃げだしてゆく人々だった。
何万人という群が、あの広い新宿の大通にギッシリ填《つま》って、押しあい、へしあい、洪水《こうずい》の如く、流れ出てゆくのだった。すべては、徒歩の人間ばかりだった。円タクやトラックの暴力をもってしても、この真黒な人間の流れは、乗り切れなかった。無理に割りこんだ自動車もあったが、たちまち、人波にもまれて、橋の上から、突き落されたり、米軍の爆弾が抉《えぐ》りとっていった大孔《おおあな》の底に転がりおとされたりして、車も人も、滅茶滅茶になった。
避難民の頭上には、姿は見えないが、絶えず、
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