脚の痛みも忘れ壊れた窓の中へ、もぐり込んだ。
入って来た人の気配《けはい》に気付いたものか、死んでいると思った青年が、白い眼を、すこし開いた。
そして呻《うめ》くように言った。
「君、あれを聞きましたか。アメリカの飛行機のり奴《め》、飛行機の上から、あの曲を放送しているのですよ。無論、故意にJOAKと同じ波長でネ。しゃれた真似をするメリケン野郎……」
弦三は、それを聞くと、ムクムクッと起きあがって、諸手《もろて》で受信機を頭上高くもちあげると、
「やッ!」
と壁ぎわに、叩きつけた。
「うぬ、空襲葬送曲まで、米国のお世話になるものか、いまに見ておれ、この空襲葬送曲は、熨斗《のし》をつけて、立派に米国へ、返してやるから……」
死にかかっている青年にも、それが通じたものか、燃えのこった蝋燭の灯の蔭で、満足そうに、ニッと笑った。
爆撃下《ばくげきか》の帝都《ていと》
呻《うめ》きつつ、喚きつつ、どッどッと流れてゆく真黒の、大群衆だった。
彼等は、大きなベルトの上に乗りでもしたように、同じ速さで、どッどッと、流れてゆくのだった。
「やっと、新宿《しんじゅく》だッ」
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