、脚の形はあったが、まるで糊壺《のりつぼ》の中に足を突込んだように、そのあたり一面がヌルヌルだった。湧き出した血の赤いのが、この暗さで見えないのが、せめてもの幸いだったと、弦三は思った。
「おお、これは――」
 その家の窓下で、弦三は不思議な音楽を耳にした。
 それは正《まさ》しく、この家の中から、しているのだった。
 雑音のガラガラいう、あまり明瞭《めいりょう》でない音楽だったけれど、曲目《きょくもく》は正しく、ショパンの「葬送行進曲《ヒューネラル・マーチ》」
 嗚呼《ああ》、葬送曲!
 一体、誰が、いま時分「葬送行進曲《そうそうこうしんきょく》」をやっているのだろう。
 彼は痛手《いたで》を忘れて、窓の枠《わく》につかまりながら、家の中を覗《のぞ》きこんだ。
 おお、そこには蝋燭《ろうそく》の灯影《ほかげ》に照し出されて、一人の青年が倒れていた。その前には、小さいラジオ受信機が、ポツンと、座敷の真中に、抛《ほう》り出されていた。
 音楽は、紛《まぎ》れもなく、そのラジオ受信機から出ているのだった。
(JOAKが、葬送曲をやっているのだろうか、物好きな!)
 弦三は、むかむかとして、
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