肝心《かんじん》の××町というのが、サッパリ聞きとれなかった。
広瀬中佐の銅像の向うあたりに、うち固って狂奔《きょうほん》する一団の群衆があった。
「やッ、ホスゲンの臭《にお》いだ!」
弦三は、腰をさぐって、彼の手製になる防毒マスクを外した。そのうちにも、ホスゲン瓦斯特有の堆肥小屋《たいひごや》のような悪臭が、だんだんと、著明《ちょめい》になってきた。彼は、防毒マスクをスッポリ被ると、すこしでも兄達の住んでいる方へ近づこうと、風下である危険を侵し、避難の市民群とは反対に、神保町《じんぼうちょう》から、九段《くだん》を目がけて、駈け出していった。
だが、神保町を、駈けぬけきらぬうちに、弦三は運わるく、近所に落ちた爆弾の破片を左脚にうけて、どうとアスファルトの路面に倒れてしまった。
「なに糞、こんなところで、死んでなるものか!」
彼は歯を喰いしばった。
路面に転っていると、群衆に踏みつぶされる虞《おそ》れがあるので彼は痛手《いたで》を堪《た》えて、じりじりと、商家《しょうか》の軒下へ、虫のように匍《は》っていった。
右手を伸ばして、傷口のあたりをさぐってみると、幸《さいわ》いに
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