ひとりで、自動車を呼び止めた経験がなかったので、ちょっとモジモジしながら、須田町の広場に、突立っていた。
「呀《あ》ッ!」
「やったぞオ!」
 突然に、悲鳴に似た叫声《きょうせい》が、手近かに起った。
 ハッとして、弦三は空を見上げた。
 鉄が熔けるときに流れ出すあの灼《や》けきったような杏色《あんずいろ》とも白色《はくしょく》とも区別のつかない暈光《きこう》が、一尺ほどの紐状《ひもじょう》になって、急速に落下してくる。
「爆弾にちがいない」
 高さのほどは、見当がつかなかった。
 見る見る、火焔の紐は、大きくなる。
 爆弾下の帝都市民は、その場に立竦《たちすく》んでしまった。
 悲鳴とも叫喚《きょうかん》ともつかない市民の声に交《まじ》って、低い、だが押しつけるようなエネルギーのある爆音が、耳に入った。
 ぱッと、空一面が明るくなった。
 弦三は、胆《きも》を潰《つぶ》して、思わず、戸を閉じた商店の板戸に、うわッと、しがみついた。
 敵機の投げた光弾が、頃合いの空中で、炸裂《さくれつ》したのだった。
 ドーン。
 やや間を置いて、大きい花火のような音響が、あたりに、響き亙《わた》った
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