いときましたから、大急ぎで、消毒剤を填《つ》めて、皆に附けてあげて下さい」
「弦三、お前まだどっかへ行くのかい」
 母親が尋ねた。
「僕は直ぐ出懸けます」
「この最中に、どこにゆくんだ」長造が問いかえした。
「淀橋《よどばし》の、兄さんのところへ、マスクを持ってゆくんです」
「なに、黄一郎のところへか」
「ほら、御覧なさい。この大きい二つが、兄さんと姉さんとの分。この小さいのが、三《み》ツ坊《ぼう》の分」
「なるほど、三ツ坊にも、マスクが、いるんだったな」
「よく気がついたね」母親が、長男一家のことを思って、涙を拭いた。
「それにしても今頃、危険じゃないか。いつ爆弾にやられるか、しれやしない。あっちでも、相当の用意はしてるだろうから、見合わしたら、どうだ」
「いえ、いえ、お父さん」弦三は、首を振った。
「僕は、もっと早く作って、届けたかったのです。だが、お金もなかったし、僕の腕も進んでいなかった……」
 長造は、弦三のことを、色気《いろけ》づいた道楽者《どうらくもの》と罵《ののし》ったことを思い出して、暗闇の中に、冷汗《ひやあせ》をかいた。
「それが、今夜になって、やっと出来上ったので
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