ホールがお休みになったといって帰って来たけれど、笛坊《ふえぼう》の方は、まだ電話局から戻ってこないんだよ。いつもなら、もう疾《と》くに帰って来てなきゃならないんだがね」
「うむ」亀さんは首を傾けて、去年の秋、交換手をしている娘の案内で見に行った東京中央電話局の建物を思いうかべていた。「ひょっとすると、忙しいのかも知れねえぜ」
「波二も、少年団へ出かけたっきりで、うちには、おばァさんとお舟としか居なくて不用心だから、なるたけ早く帰ってきとくれよ、お前さん」
「あいよ、判ってるよ」
 亀さんは、また、あたふたと、町角《まちかど》のパン屋の高声器を目懸けて、かけ出して行った。
 パン屋の軒先は、附近の下層階級の代表者が、黒山のように、だが水をうったように静粛《せいしゅく》に、アナウンサーの読みあげる臨時ニュースに耳を傾けていた。
「唯今《ただいま》午後七時三十分、米国空軍の主力は、伊豆七島の南端、三宅島の上空を通過いたして居ります旨《むね》、同島の防空監視哨から報告がございました。以上」
 高声器の前の群衆は、流石《さすが》に興奮して、ザワザワと身体を動かした。
「次に、いよいよ帝都に於きま
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