サッとその重い鉄扉を開くと、ちょっと後を振返り、誰も見てないのを確《たしか》めた上で、ヒラリと扉《ドア》の中に姿を消してしまったのだった。
「……」
 誰もいないと思った階段の下から、ヌッと坊主頭《ぼうずあたま》が出た。しばらくすると、全身を現した。襟章《えりしょう》は蝦茶《えびちゃ》の、通信員である一等兵の服装だった。彼は中佐の姿の消えた扉の前に、躍り出ると、手袋をはいたまま、力を籠めて把手《とって》をひっぱってみたが、扉はゴトリとも動かなかった。
 そこで彼はニヤニヤと笑うと、扉の前を淡白《たんぱく》に離れ、廊下の上をコトコトと駈け出していった。そして何処かに、姿は見えなくなった。
 丁度《ちょうど》そのころ、大東京ははしか[#「はしか」に傍点]にでも罹《かか》ったように、あちらでも、こちらでも、騒然としていた。号外の鈴は、喧《やかま》しく、街の辻々に鳴りひびいていた。夜になった許《ばか》りの帝都の路面が、莫迦《ばか》に暗いのは、警戒管制で、不用な灯火《あかり》が消され、そしてその時間が続いているせいだった。
 警戒員の外には、往来を歩いている者も、無いようであった。誰もが、それぞ
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