急放送を観客に送って、非常に感謝された。
 歌舞伎《かぶき》劇場では、演劇をやめ、あの大きな舞台の上に、道具方が自作した貧弱な受信機を、支配人が平身低頭《へいしんていとう》して借用したのを持ち出した。血の気の多い観客さえ、石のように黙りこくってその聴きづらい高声器の音に耳を澄したのだった。
「別府閣下の布告は終りました」杉内アナウンサーは、幾分上り気味だった。「次は塩原参謀より東京警報があります」
「東京警備一般警報第一号、発声者は東京警備参謀塩原大尉!」キビキビした参謀の声が聴えた。
 帝都二百万の住民は、この一語も、聞き洩《もら》すまいと、呼吸《いき》を詰めた。
「信ずべき筋によれば」参謀の声は、余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》たるものがあった。「比律賓《フィリッピン》第四飛行聯隊の主力は、オロンガボオ軍港を脱出し、中華民国|浙江省《せっこうしょう》西湖《せいこ》に集結せるものの如く、而《しか》して此後《このご》の行動は、数日後を期して、大阪|若《もしく》は東京方面を襲撃せんとするものと信ぜらる。因《ちなみ》に、該主力《がいしゅりょく》は、百十人乗の爆撃飛行艇三台、攻撃機十五台、偵察
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