国難をして遂に収拾《しゅうしゅう》すべからざる状態に導くものである。皇国《こうこく》の興廃《こうはい》は諸君の双肩《そうけん》に懸《かか》れり、それ奮闘努力せよ。右布告す。昭和十×年五月十日。東京警備司令官陸軍大将別府|九州造《くすぞう》」
JOAKが聞える五十キロの範囲の住民たちは、この布告を聴くと、老いたるも若きも、共にサッと顔色を変えた。
夕闇深い帝都の空の下には、異常なる光景が出現した。
ラジオの高声器のある戸毎家毎には、近隣の者や、見も知らぬ通行人までが、飛びこんで来て、警備司令部の放送がこれから如何になりゆくかについて、耳を聳《そばだ》てるのだった。
街を疾駆《しっく》する洪水のような円タクの流れもハタと止り、運転手も客も、自動車を路傍《ろぼう》に捨てたまま、先を争うて高声器の前に突進した。
電車も、軌道の上に停車したまま、明るい車内には人ッ子一人残っていなかった。
高声器の近所で躁《さわ》ぐもの、喚《わめ》く者は、忽《たちま》ち群衆の手で、のされてしまった。
トーキーをやっている映画館の或るものでは、即時映画を中止し、ラジオをトーキーの器械へ繋《つな》ぎ、応
前へ
次へ
全224ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング