川駅を通過してゆく東北地方の出征軍隊の乗った列車は一々数えきれなかった。夜間ばかりでは運搬しきれないものと見え、真昼間にも陸続《りくぞく》として下《くだ》って行った。東北地方の兵営が、空《から》になるのではないかと、心配になるほどあとからあとへと、出征列車が繰《く》りこんできたのだった。
 帝都の辻々に貼り出される号外のビラは、次第に大きさを加え、鮮血《せんけつ》で描いたような○○が、二百万の市民を、悉《ことごと》く緊張の天頂《てっぺん》へ、攫《さら》いあげた。ラジオの高声器は臨時ニュースまた臨時ニュースで、早朝から真夜中まで、ワンワンと喚《わめ》き散《ち》らしていた。
 そして遂に、其の日は来た。
 昭和十×年五月一日、日米の国交は断絶した。
 両国の大使館員は、駐在国の首都を退京した。
 同時に、厳《おごそ》かな宣戦の詔勅《しょうちょく》が下った。
 東京市民は、血走った眼を、宣戦布告の号外の上に、幾度となく走らせた。彼等は、同じ文句を読みかえして行く度毎に、まるで別な新しい号外を読むような気がした。
「太平洋戦争だ!」
「いよいよ日米開戦だ!」
 宣戦布告があると、新聞やラジオの
前へ 次へ
全224ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング