直ぐ裏では、日米両国の戦備が、驚くべき速度と量と形とに於て、進められて行った。鉄工場には、官設といわず、民間会社と云わず、三千度の溶鉱炉が真赤に燃え、ニューマティック・ハンマーが灼鉄《しゃくてつ》を叩き続け、旋盤《せんばん》が叫喚《きょうかん》に似た音をたてて同じ形の軍器部分品を削《けず》りあげて行った。
東京の街角には、たった一日の間に、千|本針《ぼんばり》の腹巻を通行の女人達《にょにんたち》に求める出征兵士の家族が群《むらが》りでて、街の形を、変えてしまった。だが其の腹巻の多くは、間に合わなかったのだった。それは通行の女人達が、不熱心なわけでは無く、東京に属する師団の動員が、余りに速かったのである。
或る者は、交番の前に、青物の車を置いたまま、印袢纏《しるしばんてん》で、営門《えいもん》をくぐった。また或る者は、手術のメスを看護婦の手に渡したまま、聯隊|目懸《めが》けて、飛び出して行った。
事態は、市民の思っている以上に切迫していた。品川駅頭《しながわえきとう》を出発して東海道を下っていった出征兵員一行の消息は、いつの間にか、全く不明になってしまった。
其のあとについて、品
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