清二はそれを思い出して興奮せずには居られなかった。
 帝国海軍の潜水艦伊号一〇一は、この日から、加州沿岸を去る二十キロメートルの海底の、兼《か》ねて、計画をしてあった屈竟《くっきょう》の隠れ場所に、ゴロンと横たわったまま、昼といわず夜といわず、睡眠病息者のように眠りつづけていた。しかし艦内の一角では、極超短波《きょくちょうたんぱ》による秘密無線電話機が、鋭敏な触角《しょっかく》を二十四時間、休みなしに働かせて、本国からの指令を、ひたすら憧《あこが》れていた。
 丁度その頃、東洋方面には、有史以来の険悪な空気が、渦を巻いていた。
 わが日本の上海駐在《シャンハイちゅうざい》の総領事惨殺事件と、そのあとに続いた在留邦人の復讐事件とは、一《ひ》と先《ま》ずお互の官憲の手によって鎮まった。だがそれは無論、表面だけのことであった。東京と、華府《かふ》との二ヶ所では、政府当局と相手国の全権大使とが、頻繁《ひんぱん》に往復した。外交文書には、次第に薄気味のわるい言葉が織《お》りこまれて行った。お互《たがい》の国の名誉と権益《けんえき》のために、往復文書には、強い意識が盛られていった。
 その外交戦の
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