人々は、ビール樽の死体を遠巻きにして、ワッワッと、騒いでいた。
「男爵が、居ないぞ」
「真弓も、どこかへ行った」
 その騒ぎの中に、チリチリと、電話が懸かって来た。
「それどころじゃございません」支配人が泣《な》かんばかりの声を出して、電話口へ訴えていた。「ビール樽が、殺されちまったんです。ええ、男爵とは、違います。ビール樽の野郎ですよ。どうか直ぐ来て下さい。私は、大将の命令がなけりゃ、店を畳《たた》みたいのですよ。どうかして下さいな、『狼《ウルフ》』の親分!」
 その頃、男爵とウェイトレス真弓とは、御成街道《おなりかいどう》を自動車で走っていた。二人は、こんな会話をしていた。
「では、狼《ウルフ》の大将は、今朝がた、イーグルへやって来たというのだな」
「そうですわ。そこへ、紅子《べにこ》さんという、浅草の不良モガが、一人でやって来たのよ。狼《ウルフ》は、紅子さんと、手を取って、帰って行きましたわよ」
「紅子が、ねえ――」
「ビール樽は、そのころから、お店の周囲をうろついてたんだわ。あいつ、百円紙幣に釣られて、あんたの身代《みがわ》りになったのね」
「では、真弓。これから、故郷《く
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