の中へ、フッと息を入れ百円紙幣を抜き出すと、封筒だけは、元の卓子《テーブル》の上へ抛《ほう》り出した。ところが、運わるくそれが、小壜に触れて、パタリと倒してしまった。青い液体が、ドクドクと白紙の上に流れ出した。怪漢は、ひどく狼狽《ろうばい》して、壜を指先に摘むと、起した。白紙の上には、青い液体が拡がって、沸々《ふつふつ》と白い泡を立てていた。彼は、半帛《ハンカチ》で、それを拭《ぬぐ》おうとして、紙面に顔を近づけた瞬間、ウムと呻《うめ》くと、われとわが咽喉を掻《か》きむしるようにして、其儘《そのまま》、肥《こ》えた身体を、卓子の上に、パタリと伏せ、やがて、ダラリと動かなくなった。
 もしも、男爵と呼ばれた青年が、マスクも懸けないで、それと同じことをやったなら、彼もこの坊主頭の男と、同じ運命に落入る筈だった。それは、手紙の発信人「狼《ウルフ》」という人物の、目論《もくろ》んだ恐ろしい計画に外ならなかった。
 物音に、駭《おどろ》いて駈けつけた人々は、カーテンを開いてみて、二度|吃驚《びっくり》をした。
「呀《あ》ッ、これはビール樽だ」
「なんだか、おかしいぞ。危いから、近よっちゃいけない」
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