なったらしい。
 その駿河台の、ややお茶《ちゃ》の水《みず》寄《よ》りの一角に、「戸波《となみ》研究所」と青銅製の門標《もんひょう》のかかった大きな建物があった。今しも、そこの扉が、外に開いて、背の高い若い男が姿を現わした。
「此の辺一帯は、うまく助かって、実に幸運でしたね」そう云って、後を振りかえった。
「そうですかねえ」
 とんちんかんの答をしたのは、若い男を送って来た中年の、もしゃもしゃした頤髯《あごひげ》を蓄《たくわ》えている男であった。それは、どこかで、見覚えのある顔、見覚えのある声音《こわね》だった。
「では先生、お大事に」青年は云った。
「いや、有難とう」
 と頤髯先生が、頭を下げた途端《とたん》に、いきなり、先生の身体は内部へ引擦《ひきず》りこまれてしまって、代りに、がっしりした大きな面《めん》が、ニュッと出た。
「あんた、先生様を、連れだしたりして、困るじゃねえか。早く、帰って下せえ」
 青年は、一向悪びれた様子もなく、階段を下って行った。
「先生様も、ちと注意して下せえよ」と背後を振りかえり、それから又往来の方を向いてそこらにブラブラしている四五人の男に向って、「お
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