》った防空演習を、唯の一度もやっていなかったということは、何という遺憾、何という恥辱《ちじょく》だったでしょう」
「貴君《きくん》の云うとおりだ。もしも、帝都として防空演習を充分にやって置いたら、昨夜《ゆうべ》のような空襲をうけても、あれほどの大事にはならなかったろう。火災も、もっと少かったろう。徒《いたずら》に、圧《お》し合《あ》いへし合い、郊外へ逃げ出すこともなかったろうから、人命《じんめい》の犠牲も、ずっと少かったろう。流言蜚語《りゅうげんひご》に迷わされて浅間《あさま》しい行動をする人も、真逆《まさか》、あれほど多くはなかったろう」
 湯河原中佐と、塩原参謀は、偵察機上から、思わず悲憤《ひふん》の泪《なみだ》を流したことだった。
「浅草《あさくさ》の上空です」浅川曹長が、伝声管から注意した。
「うん、浅川曹長。お前の家は、浅草にあると云ったな」中佐が、不図《ふと》気がついて云った。
「そうであります」曹長の声は、すこし慄《ふる》えを帯びていた。「雷門《かみなりもん》附近の、花川戸《はなかわど》というところであります」
「どうだ、お前の家の辺《あたり》は、見えるかね」
 中佐は、
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