ついたときは既に遅かった。一座は急に白けかかった。紅子は、断髪頭《だんぱつあたま》を、ビューンと一振りふると、卓子《テーブル》の前から腰をあげようとした。
「唯今――」
 詰襟服《つめえりふく》の弦三が、のっそり這入《はい》ってきた。なんだか、新聞紙で包んだ大きなものを、小脇に抱《かか》えていた。
「まあ大分ひまが懸《かか》ったのね。さァ、こっちへお坐り。お父様がお待ちかねだよ」母親が庇《かば》うようにして、弦三の席に刺身醤油《さしみしょうゆ》の小皿などを寄せてやった。
「――」弦三は無言のまま、席についた。
「弦おじちゃん、大変でしたね」嫂《あによめ》の喜代子《きよこ》も、お妻について弦三を庇《かば》った。「さあ、ミツ子、おじちゃん、おかえんなさいを、するのですよ」
 ミツ子は母の膝の上で、肥《ふと》った首を、弦三の方にかしげ、怪訝《けげん》な面持で覗《のぞ》きこんだ。
「弦三、お前の帰りが遅いので、お母アさんが心配してるぞ」父親は、呶鳴《どな》りたいのを我慢して、やっと、そう云った。
「弦ちゃん、明日の晩でも、うちへ来ないか、すこし手伝ってもらいたいものもあるんだが……」黄一郎が、
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