「此《こ》の上は、速かに解除警報の御許可を、お与え下さい。市民は、軍部の、正しいアナウンスを、渇望《かつぼう》して居ります。一刻おくれると、市民の混乱は拡大いたします」
「敵国空軍が、川口の上空から、引返して来たとしたら、どうするかッ」
「そのときは、又、警報を出します。しかし以前の監視哨の報告三種を合わせて、敵軍は日本海方面に引揚を開始していることは、明瞭であります」
「確証がつかないのに、司令官として、解除警報を出すわけにはゆかぬ」
「どうあっても?」
「くどい、参謀長!」
俄然、司令部の広間は、殺気立《さっきだ》った。
将校連は、二派に別れて、司令官と、参謀長の背後に、睨《にら》みあった。
何という不祥《ふしょう》な出来ごとだろう。帝都の運命が累卵《るいらん》の危きにあるのに、その生命線を握る警備司令部に、この醜い争闘が起るとは。
流石《さすが》に、教養のある将校たちのこととて、無暗に、拳銃を擬《ぎ》したり、軍刀をひらめかしたりはしなかったが、司令官か、参謀長かの一言さえあれば、刹那《せつな》に、司令部の広間には、流血の大惨事が、捲きおこるという、非常に緊迫した重大な危機
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