時計を出して、云った。
「午後九時四十分か。保狸口《ほりぐち》君、手筈どおり全国アナウンスをして呉《く》れ給《たま》え」
 保狸口と呼ばれた団員は、ニヤニヤと笑うと、ポケットから細く折った半紙をとり出して、マイクロフォンの前に立った。
「J、O、A、K」
 素六や紅子たちは、その声を、何処かで、聞き覚えのある声だと思った。
「大変お待たせをいたしました」保狸口は云うのだった。「唯今やっと、放送許可が出ましたような次第でございます」
 素六は、やっと、気がついた。保狸口という男は、地声《じごえ》か、声帯模写《せいたいもしゃ》かはしらないが、声だけ聞いていると、なんのことはない、放送局の杉内アナウンサーと、区別のつかない程似た声音をもって居り、その音の抑揚《よくよう》に至っては、よくも真似たものだと、感心させられた。この放送を聞いたものは、JOAKが例の調子で、放送をやっているものと、簡単に信じるだろうと思われた。
 それにしても、保狸口は、これから一体何事を喋ろうというのだ。
「第一に、申上げますことは、皆さん、御安心下さい。マニラ飛行聯隊の帝都空襲は、一と先ず一段落をつげました。敵機は
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