るだけだ。実にけしからん。だから焼夷弾が落ちても、誰も消手《けして》がないのだ。非国民もはなはだしい!」
 消防隊員を憤慨させたこの辺一帯の避難民はどうなったであろうか。彼等は甲州の山奥に逃げこむつもりで、新宿駅に駈けつけたが、たちまち駅の前で立往生をしてしまった。あまりに夥《おびただ》しい避難民が押しよせたので、もう身動きもできなかった。駅員の制止も聞かばこそ、改札口をやぶり、なだれをうって一部はプラットホームに駈けあがり、そこに停車していた列車にわれがちに乗りこんだが、そこでも百人近い死傷者が出た。
 列車の中にはいれない人は、窓の外にぶら下り、屋根の上によじのぼった。
 それは地獄絵巻のように、醜くも恐ろしい光景だった。……そんなに努力して乗りこんだのはいいが、列車は遂に発車しなかった。防衛司令部が警備の目的のため、列車の出発を中止させたのだ。
 ところが、悪いときには悪いことが重なるもので、そのうちに、こちらへ廻って来た敵機が、おびただしい爆弾と、焼夷弾とを投げおとして、新宿駅のまわりは、たちまち火の海となってしまった。
 消防隊も、防護団も、ぎっしりの群衆に邪魔されて手の下し
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